金環食の そのあとで…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


       




画家である父上の知人が集まっていた宴へ、
綺麗どころとして駆り出されたものの。
もう遅いから帰りますと
ひとり、会場を離れたはずの草野さんチの七郎次お嬢様。
だというに、
知己でもある佐伯刑事を見かけてしまい、
もしかして勘兵衛様もいるのかなとの期待から、
まるで不思議の国の白ウサギを追うアリスの如く、
こそり追いかけてしまったのがコトの始まり。
確かに愛しい君はおいでだったが、
思わぬところで出会った運びは、
微妙に間が悪かったため。(微妙?)
日頃はお互いを大切な対象としている筈のお二人が、
何だその態度は、そちらこそ何ですよそんな言い方して…と、
気持ちのズレから 人目も憚らずという大喧嘩を始めてしまい。

  そのついでに…と言うのは
  随分と豪気なことながら

警視庁刑事課勤務の警部補という勘兵衛が、
直々に、しかも数週間がかりで捜査に当たっていた案件の。
何やら怪しい取引を終えたばかりらしい、
その筋かかわりの恐持ての面々と鉢合わせたにもかかわらず。
てぇい、人が真剣に揉めているのに、傍で騒ぐな喧しいっと、
ある意味、片手間、若しくは八つ当たりという形にて、
たった二人であっさり畳んでしまった恐ろしさ。

 「島田警部補がお強いのは知ってたが。」
 「ああ。
  掌底を使った“掌打”だけで、
  途中から匕首持ち出した奴へも十分対処出来てたもんな。」
 「けど、あの金髪のお嬢ちゃんも強かったよなぁ。」
 「ハイヒール履いててあの足さばきは凄まじかったよなぁ。」
 「横へすべらせて、蹴るわ引っ掛けるわ。」
 「それへ肘撃ちを連動させる合わせ技も鋭かったしなぁ。」

幹部格とその取り巻き 兼 護衛役と、
結構な荒くれが20人ちょっとは居たんだのに。
人気のない通廊で鉢合わせとなって、
そこから妙な格好での角突き合いとなってしまい。
あれよあれよと思って見守るうちにも、

  口では互いへの“意見”や“お説教”を飛ばしつつ、

 七郎次へ掴み掛かろうとしたチンピラの腕を、
 残像ごと勘兵衛が掴みとめ。
 そのままひょいと軽く振っただけで…一見 相手がぐるんと回っての
 自動的に羽交い締め状態になったかと思えば。
 そんな勘兵衛の脾腹を目がけ、
 抜いた匕首を突き出しかけた輩へは、
 足元すべらせ腰を据えたお嬢様が、
 肩から提げてた お洒落でシックなトートバッグを、
 なで肩からすべり落としつつ ぶんと振り、
 問答無用で腕ごと薙ぎ払うお見事さ。

腕も足も細く、肩も腰も薄いという華奢で可憐な身だけに。
殴る蹴るにはさしたる破壊力がないと、
自分で判っておいでだからこそ。
例えば相手に大きく踏み出させ、バランスを崩した足元を払うとか、
顎だの膝の裏だのという、
急所と判っていてもなかなか狙いにくい箇所を、
絶妙にピンポイントで叩いては ぐらぐらよろけさせたりとか。
結構な達人でもなけりゃ、
なかなか実践では繰り出せない手管を的確に使いこなしては、
そちらは間違いなく手練れな
島田警部補に負けず劣らずの鮮やかな手際で、
チンピラどもを薙ぎ倒してしまった、
某女学園のマドンナ、七郎次お嬢様の恐ろしさよ。

  …………で。

 『からまれたアベックが
  そのまま取り調べというのは訝(おか)しいだろう。』

そういう順番で狼藉者を取り押さえたら、
何と 前々から怪しい取り引きを交わしていた、
○○組と▲▲会の幹部たちじゃあありませんかと。
微妙に白々しいがそういう段取りとした手前、
被害者カップルはここでお役御免だと。
現場から“そのまま帰ってしまえ”とばかり、
仲間内から送り出されてしまったのが
勘兵衛と七郎次の二人、だったわけで。

 「まま、この何日かは特に、
  あちこちへの調整に駆けずり回っておいでの
  勘兵衛様でしたから。」

マークした対象の挙動を複数で見張っていた作戦の、
中枢統括役として、
情報を統合したり、次の流れへの指示を出したり、
交替要員を的確なところへ向かわせたりと、
関わる人らや物資、情報などなどの流れ全体を把握する立場として、
唯一 休むことなくいたお人。
よって、こうまでの決着を見たからには…というか、
こちら様も実は疲労がピークだったから、
お嬢さんへの態度がいつにも増して雑になったらしい勘兵衛を、
とっととお帰りと皆して ねぎらったようなもの、と。
金髪碧眼、白皙の美貌に満ちたお嬢様へ、
そんな詳細を告げてくれたのが、

 「…すまんな、征樹。」

現場へは彼の車で乗り付けたため、
七郎次を家まで送って行くにしても、
勘兵衛の車がある自宅まで一旦戻るべく、
佐伯刑事が運転手を請け負っての帰途となっており。

 「あのあの、」

差し出がましいようですが、このまま送っていただいてもと、
あっちこっちへ行ったり来たりのお手間が忍びなくて
そうと口にした白百合さんへは、

 「それは、」
 「出来ないんだな、おシチちゃん。」

勘兵衛の声を遮って、
あの良親の真似か、このごろこういう呼び方をなさる征樹が。
シートにゴミだのテイクアウトのパックだのが
散らかってないかを手早く確かめつつ、
表情豊かな口元をほころばせて くすんと笑い、

 「万が一にも、君を尾行する車があったらどうするね。」
 「…あ。」

まさかに“草野画伯のお嬢様だから”という尾行は
可能性としても低いから除外するとして。
勘兵衛や征樹が担当していた今宵の取引は、
それへ関わった向こうの面々にしたって、
それなりに慎重に構えていた大きな代物だったろう。
関西という遠い相手との手打ちも兼ねていたのだ、
周囲の組織へも応援をと声をかけていた気配もあって。
何かあったら散り散りに逃げるそのアシに、
あちこちへ逃走用の車と人員を
伏せさせていた可能性だってなくはない。
決して杞憂ではなく、
幹線道路のあちこちで不審車が既に数台発見されてもいたのでと、

 「ここから出てく身で、
  しかも勘兵衛様と同行するなら関係者かも知れないと、」
 「思われる率は高いですね。」

そこはさすがに若い身ゆえ、切り替えも飲み込みも早く。

  おとり捜査官か情報屋とかでしょうか?
  いやいや単に証人どまりだって。
  え〜〜〜?
  なんだその“え〜〜〜?”は。

勘兵衛まで加わっての、
おまけのごちゃごちゃはともかくとして、(笑)

 「不審な尾行がないのを確認してから、
  勘兵衛様に直々お家まで送ってってもらいなさい。」
 「は〜いvv」

という、これも段取りを踏むべく、
まずはと勘兵衛の自宅までを移動した3人であった。




       ◇◇◇



夜も更けてのすっかりと暗くなり、
風も出て来た夜の幹線道路を、
それでも さほど手古摺ることもないまま、
順調にマンションまでへと辿りつき。
ではここでと辞去しかかった部下殿へ、
到着してすぐさま戻るというのも何だろと、
勘兵衛が声をかけての皆して上がって、

 「それじゃあ、お茶を淹れますね。」

今日は結構片付いていたリビングまで上がり、
そのまま愛らしい新妻よろしく、
コートを脱いだ動作のついで、
くるりとキッチンへ向かいかかった七郎次だったものの。

 「…その恰好でか。」
 「はい? ……あ。」

勘兵衛が呼び止めたのが、
彼女の服装を
まじまじと見やってのことだったのは言うまでもなく。
オーガンジーだろか、
ひらひらんとした生地のカクテルドレス風ワンピースは、
胸元のところどころにビーズが煌くのが星のようで。
広くて周囲にも似たようないで立ちの人ばかりだった、
そんなパーティー会場ではさほど華美でもなかったが、
独身者向け1LDKマンションのリビングでは、
随分と異彩を放ってもいて。

 「エプロン、ありましたよね。」
 「じゃあなくて。」

どうしてそのようないで立ちかと問うている壮年殿へ、
ですからあのあの、
今日は父様が支援する画家さんの
後援会パーティーがあのホテルであったんですようと。
一旦ソファーに置いたトートバッグから
一応は渡されてあった招待状を取り出して、
これですと見せることで、やっとのこと、
こんな恰好で夜歩きしていた事情が話せた訳であり。

 「大体、あの父様が
  一人で夜歩きなんて認めると思いますか?」
 「う………。」

それ以前に、ヘイさんや久蔵殿と一緒ならともかく、
繁華街への夜中の外出なんて浮ついたこと、
ひょいひょいやらかす私じゃありません、と。
そのくらいの分別はあるもの、見くびらないでくださいましと、
つんとそっぽを向くのが可愛らしい。
そんな彼らだったのへ、
またぞろ痴話喧嘩が始まるのかなと警戒したか、

 「…と、署のほうの状況を訊いてきますね。」

携帯を掛けに隣室へと席を外した征樹だったことから。
ああいやその…と、
先程繰り広げた逮捕劇、もとえ、大喧嘩を思い出し、
それぞれなりに恐縮してのこと鼻白んだお二人ではあったれど。

 「…そういえば、このところ顔を合わせてはおらなんだな。」
 「…………。///////」

そうだったな。
お主は余程に切羽詰まらぬ限り、
分別の利く淑やかで慎ましい子だ。
父上の傍づきという役目をしておった直後だというに、
少々突飛な羽目はずしを思い立ったほど、

 「寂しい想いをさせてしまったのだろか。」
 「いえあのそんな…。///////」

うあ勘兵衛様、よっぽどお疲れなんですね、
そんな歯が浮くような言い方なさるなんて…と。
ついつい胸中で、
そんなことをば思ってしまったらしい白百合さんだが。
揚げ足取るなんて失礼ですよと、思ったあなたはちょっと尚早。

 「〜〜〜〜〜えっとぉ。///////」

言葉になった想いと裏腹、
少しソフトに低められたお声の深みに甘さを感じ。
そちらはソファーに腰掛けておいでで、
こっちを見上げる格好の。
珍しい角度から見る壮年様は、
ああやっぱり男前だなぁなんて。
再発見したところから惚れ直しているお嬢様なので。
罪がないというか他愛ないというか…。(苦笑)
そんなこんなのやりとりで、
多少は溝も埋まっての
優しい微熱がたゆたいはじめたその矢先、

 「…勘兵衛様、ちょっと不味いです。」

電話しただけでは収まらない事態でも勃発したのか、
ノートパソコンへ動画映像を呼び出していた征樹殿が、
それを胸元あたりへ抱えたままで、
彼らのいるリビングまで出ておいで。
見やるとそこには…やや粗い映像だが、
一台のセダンが映し出されており。
テーブルに置き、こうしてこうこうと解析をかけると、
運転席の人物が鮮明になったのだが。

 「こやつは。」
 「はい。▲▲会の会長のボディガード役の男が、
  選りにも選って此処の駐車場の出入り口に詰めてます。」

もう夜だというに
闇色のサングラスをかけた気難しそうな面差しの男。
どうやら、
あのホテルQの駐車場から出て来た我々を
尾行して来たらしいですと付け足し、

 「気がつかなかっただなんて不覚だった〜。」

そんな隙があった自分が余程癪なのか、
はぁあと肩を落として見せた征樹殿だったが。
勘兵衛が眉を寄せたのは別なことへだったようで、

 「…お主、これはどこの映像だ。」
 「防犯カメラの映像ですよ?」

この事態だってのに、
何を斜め横なことを訊いて来ますかと思ったか、
やや単調に応じた優秀な部下殿へ、

 「本部(警視庁)じゃあるまいに、
  こうとほいほい呼び出せるものなのか?」
 「呼び出し方はひなげしさんに教わりました。」

 お前ね、それは立派に不法行為なのだぞ。
 やですね、捜査上の証拠にならんというだけですよ。

これもお約束かという、
そんなやりとりを挟んでから、(おいおい)

 「先程の捕り物のおりも、
  こいつが相手方にいなかったんで、
  所轄の◇◇さんが気にしてたんですよね。」

どうやら外で逃走援護班として待機していたらしく、
がさ入れの騒ぎを知って、逃げたかと思いきや、
こんなところにいたなんて。

 「儂をマークしていやったか。」
 「勘兵衛様、捜査陣の中枢だから、
  此処へ戻ってもすぐにも出掛けると踏んだのかもですね。」

こうやって自宅へ戻ったのはカモフラージュで、
訊き込みの補填か、新たに判った関係筋へのガサ入れか。
そういった動きを掴もうと、じかに張り付いているのかも。

 「こやつの判断で動いたな。」

勘兵衛の言葉へ、でしょうねと征樹も頷く。

 「幹部格がごそりと挙げられて、
  連絡網が機能してないんでしょう。」

よって、
七郎次が逮捕のきっかけになった援軍だというのは知らないはず。
あの場にいなけりゃ姿は目に出来なかったろうし、

 “婦警の誰か、お持ち帰りしたとでも思われましたかね。”
 “馬鹿者。”

こっちは簡単なジェスチャーでの問答で、そんな冗談を挟んでから、

 「とりあえず、私が車で出てって釣り上げましょうか。」

食いつけばそのまま、
首都高をぐるぐると引っ張り回してやりますが。
だが、果たしてそういう真似へ乗ってくるかの?…と、
彼ら二人が案じているのは、
他でもない、此処に七郎次がいるからで。
もう結構な時間になっているので、
一刻も早く家まで送ってやらねばならないが、

 「今、出掛けてしまうのは危険ですよ。」

それが勘兵衛様の車じゃなく一般のタクシーでも、
そちらをと追われて、
襲撃こそ受けずとも実家が判ってしまっては、
後日にどんな災厄が降りかかるか判ったものではない。
そうまで案じてもらっているのへ、

 「そんな、考え過ぎでは…。」

当人が恐縮して言いかかったものの、

 「甘いことを言ってちゃあいかん。」

やはり遮ったのは征樹殿であり。

 「そうまで尾行されるなんてとか、
  そうまで手を尽くして身元を調べられるなんてとか、
  スパイもののドラマや映画じゃあるまいしと、
  つい思ってしまいがちだが。」

確かに、
国家転覆規模のドラマチックな筋立てまでを思うのは大仰だが。
人の素性を調べる手段の色々は、
特に奇異でもなけりゃあ特別でもなくの、
ひょいっと出来ることが多く。
そういう隙を突かれて、
行動パターンを読まれての先回りをされたり、
友人や親戚といった連絡網を知られたりして、
ストーカーから逃げ場を封じられる
恐ろしい想いをした人は少なくないんだぞ?

 「ましてや、今 立ちはだかってる相手は、
  雇い主を警察に検挙されたばかりの狂犬だ。」

組織の方針が、立件から起訴を受けての、
法廷闘争に向けての準備へ移ったら、
こんな行為も不利にしかならぬと呼び戻されるはずですが。

 「当人の気質として、
  警察関係者を力技で脅して、
  非合法な無理をさせるのも辞さないって奴かもしれない。」

 「…っ。」

そんなもの怖くはないってのは無しだからねと、
先程ご披露した手腕を持ち出し掛かるのは織り込み済みと、
表情が動き掛かったお嬢さんへ、なおも畳み掛ける征樹殿であり。

 「シチちゃん自身は腕に覚えもあってのこと、
  どんな襲撃や妨害に遭っても掻いくぐれるかも知れないが。」

  じゃあ、お家の方々は?
  学校の…久蔵さんたち以外のお友達は?と、
  恐らくは視野になかっただろう顔触れを持ち出せば、

 「それは……。」

いくらお転婆さんでも、
顔が広くて知己も多い身、そうだという自覚もあることだけに、
そんな顔触れまで引き合いに出されては、
さすがに口ごもるしかないようで。


 「とりあえず、立ち去るまで待ちましょう。」


無難と言っていいものか、
変則版の篭城作戦を執ることと相成った彼らだった。





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  *ここに来て妙な雲行きに。
   佐伯さん、帰りそびれましたね。
   おとりになりますからとの申し出、
   勘兵衛様が容れなかったのは
   シチちゃんと二人っきりになってはやばいからでしょうか?
(苦笑)


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